工程が多い酒造りの品温管理をIT化、現場の負担を軽減
日本酒と聞くとベテランの職人が長年の技術と経験を頼りに、泊まり込みで作業する様子をイメージする人は少なくないでしょう。しかし近年、IT技術を駆使して酒造りの効率化を図る酒蔵が増えてきました。
日本酒の醸造では、工事や醪(もろみ)の品温の測定・記録など、数字の管理が重要です。適切なデータの管理やその効率化は、品質安定化の面でも、技術継承の面でも、働き方改革の面でも大きな意味を持っています。
酒造りの効率化が進む中で、現在、注目されているシステムがあります。それが「もろみ日誌」。工事・酒母・醪の温度管理を自動化できる、日本酒の酒蔵に特化したシステムです。
現在、「もろみ日誌」を導入しているのは全国で約20蔵(2021年1月時点)。実際に「もろみ日誌」がどのようなメリットをもたらしているのでしょうか。2019年から当システムを導入している、愛媛県の石鎚酒造にお伺いし、代表取締役社長の越智浩さんに話を伺いました。
「酒蔵としての規模は小さいほうですが、20年以上かけて積極的に設備投資をしてきました。日本酒造りは、製造工程が多岐にわたるので、やらなければならないことがたくさんあるんですよ。だから、品温の管理など、自動化できる部分は任せてしまったほうが良い。『もろみ日誌』を導入して得られた利点はたくさんありますね」
石鎚酒造の社員は現在16名、そのうち製造を担当しているのは、越智社長を含めて7名。たしかに酒蔵としては小規模ですが、出荷量は県内トップクラスの規模です。
しかし、大きな量の仕込みはせず、2〜3キロリットルのタンクを何回転もする酒造りにこだわっているため、1シーズンの中で管理すべき数字はかなり多いそうです。
「発酵の状況を、自宅や出張先からリアルタイムでチェックできるのは良いですね。(コロナ禍以前は)毎月2〜3回の出張があったので、出先からスマホで確認できるのは助かりました。『もろみ日誌』を導入する前は、製造担当からの報告を朝夕に受け取っていましたが、もろみ日誌のおかげで状況をより細かく確認できるようになりました」
また、蔵人がタンクまで行って計測するよりも頻繁に、かつ同じ間隔で品温をチェックできるため、細かい異常を検知しやすく、品質の安定化につながっているとのこと。
「酒母や醪がきちんと発酵しない原因の多くが、温度管理にあります。温度の起伏が激しいと、発酵不良によってオフフレーバーの原因物質(ジアセチルなど)が出やすくなってしまいます。特に醪は温度変化の影響を受けやすいので、0.1℃単位の細やかな計測が必要です。『もろみ日誌』のおかげで、温度の細かい推移をグラフで見られるので、管理が楽になりました」
「気温や湿度などの環境は、毎年同じではありません。前年に上手くいったやり方が今年も通用するかは、やってみないとわからない」と越智さんが話すように、酒造りは非常にデリケートな作業。その中で、過去のデータが蓄積され、いつでも参照できる状態は、造り手にとっては心強いでしょう。過去のデータがあるからこそ、新しい挑戦ができるのかもしれません。
さらに、「もろみ日誌」の導入は、若手蔵人への技術継承にも効果があったようです。
「職人の世界には『背中を見て学べ』という言葉があります。ただ、私はこの言葉には限界があると思っています。たとえば、理由がわからないままに『櫂入れは絶対に必要なもの』と覚えてしまうと、酒造りに重要な『なぜこの作業を行うのか』という思考が抜けてしまいます。実際、醪に櫂入れをしないほうが良いケースもあります。
技術継承においては、感性も大事ですが、それだけに頼るのではなく、数字やデータの活用も重要。感性に頼っていた部分が可視化されることによって、目指す酒質にたどり着くための道筋が見えやすくなります」
また、他社の類似システムと比べて、各酒蔵の状況に合わせて必要な機能が選択でき、システムの開発者に現場の声が届く点も優れていると、越智社長は続けます。「もろみ日誌」は導入酒蔵の意見を取り入れつつ、細かなアップデートを繰り返してきました。
石鎚酒造は醪の工程のみに導入していますが、麹の工程のみの酒蔵もあれば、麹・酒母・醪の全工程に取り入れている酒蔵もあります。
「『もろみ日誌』には、まだまだ伸び代があると思っています。私たちも必要な機能をどんどん提案していきたいです」と、今後の期待を込めた言葉をいただきました。
「もろみ日誌」の機能について、開発元のラトックシステム株式会社の進藤さん(営業部)にも話を伺いました。
ラトックシステムは、パソコン周辺機器の開発をしている会社。スマートフォンが台頭し無線機器が普及していく中で、クラウドを含めたIoT機器の開発にも力を入れています。「もろみ日誌」は、酒造りが盛んな京都府にある電子部品メーカーの協力のもと、現場での実証実験を繰り返して生まれました。
「全国の酒蔵を訪問すると、特に数字やデータの計測・管理について、想像以上に手作業が多いことに驚きました。温度の計測・管理は手作業でなくても可能、むしろ、システムに頼ったほうが正確です。記入の間違いや漏れを防げるだけでなく、1時間ごとの細かい記録が残せます」
進藤さんは続けて、「『もろみ日誌』の導入は、人手不足や高齢化の進む酒蔵の負担軽減や、適切な労働環境の整備にもつながる」と話します。実際、石鎚酒造の越智社長も、「もろみ日誌」を導入することで現場にはりつく必要がなくなったため、蔵人の休みが取りやすくなったと話していました。
「また、酒造りは杜氏や蔵人の長年の技術や経験に頼っていた部分が大きく、技術が人に依存しているため、だれもがアクセスできる形で残っていないことも大きな課題です。データとして経験を蓄積しておくことで、酒蔵独自の技術を次世代に受け継ぎやすくなり、長期的な目線での酒質の安定化にもつながります」
最後に、「もろみ日誌」の機能を具体的に見ていきましょう。
「もろみ日誌」は、酒造りにおいて特に重要な、麹・酒母・醪の温度計測や記録を自動化できるシステムです。タンクの中に設置した専用のセンサーが温度を自動計測し、中継器を介して、専用アプリをインストールしたPCに数値を記録します。
「酒母や醪は1時間ごとに、麹は10分ごとに計測します。2点計測ができるセンサーもあり、タンクの中心と端で計測して平均値を出すこともできます。計測した数値は無線(Sub-GHz通信)でパソコンへ送信され、記録・グラフ化されます。
計測した数値を元にした、BMD値やAB直線の自動計算も可能です。計測・計算したデータはすべて蓄積され、いつでも参照できるため、過去の事例との比較・検討も容易です。
また、「もろみ日誌」は帳票印刷にも対応しています。酒税法の関係で、酒蔵における帳票の扱いは重要です。記録したデータを酒税法に基づく帳票事項に自動適用させ、その内容を印刷する機能が搭載されています。
また、各データは、専用のスマートフォンアプリで、遠隔で確認することもできます。
進藤さんは「酒蔵のサポートに特化しているシステムだからこそ、今後も、現場の意見を取り入れていきたい」と話します。
「『もろみ日誌』は、全国各地の酒蔵に、ヒアリングや実証実験に協力していただいたおかげでリリースすることができました。今後も、酒蔵各社の意見を聞きながら、必要な機能を拡充させていきたいですね。直近では、要望が多くなってきた原エキスのグラフ化にも対応する予定です」
また、2021年中にはシステムをクラウド化し、すべてのデータに、複数のPCからアクセスできるようになります。
ハードウェアも更新予定です。中継器を追加することで、発売当初は250mだったデータ通信が現在は1,050mまで対応。しかし、酒蔵内は電波が届きにくい場所も多く、今後は中継器経由で1,300mの距離まで通信できるように改良される予定です。
進藤さんは、最後に「『もろみ日誌』を通して、酒蔵の新たなチャレンジを応援したい。大変な作業が多いからこそ、システムの力で現場をサポートし続けていきたいです」と、このシステムにかける思いを語ってくれました。
酒蔵の「品質安定化」「技術継承」「働き方改革」をサポートしてくれる「もろみ日誌」。日本酒の未来につながる重要なシステムとして、今後、注目が高まっていきそうです。